大判例

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横浜地方裁判所 昭和57年(ワ)1392号 判決

原告

甲野花子

右訴訟代理人

佐藤博史

笠井治

小野正典

被告

株式会社日本プレーンシステム

右代表者

池添寛治

主文

一  被告は原告に対し、七九万五二九七円及びうち六九万五二九七円に対する昭和五七年二月一九日から、うち一〇万円に対する同年六月六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告その余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

請求の趣旨

一  被告は原告に対し、一三〇万五二九七円及びうち一一三万五二九七円に対する昭和五七年二月一九日から、うち一七万円に対する同年六月六日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

請求の原因

一  被告は戸塚ロイヤルテニスクラブの名称で硬式テニスのテニススクールを開講していた会社であり、訴外松岡清昭は被告に雇われ、同テニスクラブのコーチとして受講者の指導にあたつていた者である。

原告(昭和二二年八月七日生)は昭和五六年九月七日同テニススクールに入学し、その初心者クラスに属していた主婦である。

二  松岡は、昭和五七年二月一八日原告ら初心者クラスの受講者七名に対し、バックハンド・ストロークの指導をするにあたつて、同人が一方のコートの中央に立ち、反対側のコートにいる受講者二名に向つて、交互にかつ連続してラケットでボールを送り出し、その受講者にこれを打ち返させ、他の受講者に対しては、松岡が送り出すボールを途切れさせないため、打ち返されたボールを拾つて同人の手許に届けるよう指示した。

原告は、松岡の指示どおりボール拾いに従事していたところ、同日午前九時五〇分ころ、受講者の打ち返したボールを直接右眼球に受け、右網膜振盪症等の傷害を負つた(以下本件事故という。)。

三  本件事故は、テニススクールのコーチである松岡が、初心者のテニス指導にあたつて要求されるところの危険防止義務を怠り、前記のように連続的にボールが打ち返されている危険な状況の下で、あえてボール拾いをさせた過失によつて生じたものであるから、松岡の使用者である被告は、民法七一五条一項に基づいて、右事故によつて被つた原告の損害を賠償すべき義務がある。

四  原告は本件事故により次の損害を被つた。

1  治療費 一万二六三七円

内訳 大船共済病院分 二六九七円

杉本眼科医院分 九九四〇円

原告は事故当日から同年四月三〇日まで右両医院に通院して(この実通院日数一三日)前記傷害の治療を受けた。

2  診断書作成科 三〇〇〇円

内訳 大船共済病院分 一五〇〇円

杉本眼科医院分 一五〇〇円

3  通院交通費 一万〇〇五〇円

内訳 大船共済病院分 四三三〇円

杉本眼科医院分 五七二〇円

4  眼鏡代 二万八〇〇〇円

原告の右眼の視力は右傷害により1.2から0.2に低下し、今後回復する見込みはない。右視力の低下により原告は眼鏡の着用を余儀なくされている。

5  慰藉料 一七四万円

内訳 通院慰藉料 四〇万円

後遺症慰藉料 一三四万円

右慰藉料額の算定にあたつては、逸失利益の損害を請求していないことも斟酌すべきである。

6  弁護士費用 一七万円

原告は、被告及び弁論分離前の相被告田中峰雄に対する本件訴訟の追行を原告訴訟代理人三名に委任し、昭和五七年六月五日弁護士費用として一七万円を支払つた。

五  本件事故後、原告は、右田中峰雄から見舞金として一万円、和解金として六〇万円、被告から治療費、通院交通費の一部及び眼鏡代として四万八三九〇円の支払を受けた。

六  よつて、原告は被告に対し、前記損害合計一九六万三六八七円から既受領額六五万八三九〇円を控除した残額一三〇万五二九七円とうち弁護士費用分一七万円に対する昭和五七年六月六日から、その余の分一一三万五二九七円に対する同年二月一九日から支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

請求の原因に対する答弁

一  請求の原因第一項記載の事実は認める。

二  同第二項記載の事実中、原告主張の日時、場所、態様で事故が発生したことは認め、その余は不知。

三  同第三項記載の主張は争う。松岡はテニススクールのコーチとして要求される指導監督義務を十分尽しており、本件事故発生について過失はない。

四  同第四項記載の事実中、原告の視力が今後回復する見込みがないことは否認し、その余は不知。

五  同第五項記載の事実中、被告が原告主張の金銭を原告に支払つたことは認める。

証拠関係〈省略〉

理由

一請求の原因第一項記載の事実は当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、原告は硬式、軟式を問わずテニスについては全くの初心者であつたため、前記のとおり、昭和五六年九月七日右テニススクールの初心者クラスに入学し、以来松岡の指導の下に、週一回、各一時間三〇分の割合で講習を受けていたこと、松岡は、昭和五七年二月一八日原告ら初心者クラスの受講者七名に対し、バックハンド・ストロークの指導をするにあたつて、同人が一方のコートの中央に立ち、反対側のコートのサービスライン付近にいる受講者二名に向つて交互にかつ連続してラケットでボールを送り出してこれを打ち返させ、他の受講者に対しては、松岡が送り出すボールを途切れさせないため、打ち返されたボールを拾つて松岡の手許に届けるよう指示したこと、松岡は、従前からボールを打つ練習の際には、練習を連続的、効率的に進める目的で、練習者以外の受講者にボール拾いをさせていたが、練習中のボール拾いに伴なう危険やその防止方法については特に指導をしていなかつたこと、このため、原告は松岡から指示されるまま、ボールに衝突する危険には思いも及ばずに、打ち返されるボールの間をぬうようにしてコート上のボール拾いに従事していたところ、同日午前九時五〇分ころ、松岡のコートの左側サイドライン外のネット寄りに落ちたボールを拾つた直後、受講者の打ち返したボールを直接右眼球に受け、その結果、右網膜振盪症の傷害を負つたこと、以上の事実が認められ、証人松岡清昭の証言中、同人はボールの衝突による事故を避けるため、あらかじめ、受講者に対し、ボールを打つ者に背を向ける姿勢でボールを拾うよう指導していたとの供述部分は前記各証拠に照らしてにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、松岡はテニススクールのコーチとして、受講者の生命・身体を損うことのないようその受講者の資質、能力、受講目的に応じた適切な手段、方法で指導をなすべき注意義務があるところ、これを怠り、主婦で初心者の原告に対し、練習者の近くでボール拾いをすることの危険性やその危険防止について何の指導もしないまま、前記のとおりボールが衝突する危険のある状況でのボール拾いを指示してこれをさせ、その結果前記傷害を負わせるに至つたものと認められるから、松岡の使用者である被告は、民法七一五条一項に基づき、右傷害によつて被つた原告の損害を賠償すべき義務があるというべきである。

三1  〈証拠〉によれば、原告は事故当日から昭和五七年四月三〇日まで訴外大船共済病院及び同杉本眼科医院に通院して(実通院日数一三日)右傷害の治療を受けたが、完治せず、右眼の視力は1.2から0.2に低下したまま症状が固定したこと、このため、原告主張のとおり治療費、診断書作成料、通院治療費、眼鏡代合計五万三六八七円の出費を余儀なくされ、同額の財産上の損害を被つたことが認められる。

2  〈証拠〉によれば、原告は右傷害と視力低下による後遺症のため多大の精神的苦痛を受けたことが認められる。傷害の部位・程度、治療期間、後遺症の部位・程度、原告の年令、経歴等諸般の事情を考慮し、あわせて、原告にもボールを避けることについて注意を欠いていた事情のあることを斟酌し、右精神的苦痛に対する慰藉料は一三〇万円をもつて相当と認める。

3  〈証拠〉によれば、原告は、被告及び弁論分離前の相被告田中峰雄に対する本件訴訟の追行を原告訴訟代理人らに委任し、昭和五七年六月五日弁護士費用として一七万円を支払つたことが認められる。本件訴訟の難易度、請求認容額、本件訴訟の経過(原告訴訟代理人の立証活動は主として松岡の過失と田中峰雄の代理監督者責任の存否について行なわれたが、右田中に対する請求に関しては、同人との間で昭和五八年五月一二日訴訟上の和解が成立していること)等諸般の事情を考慮し、被告との関係では右弁護士費用中一〇万円をもつて相当因果関係ある損害と認める。

4  原告が本件事故に関し、田中峰雄から見舞金として一万円、和解金として六〇万円の支払を受けたことは〈証拠〉によつて認められ、被告から治療費・通院交通費の一部及び眼鏡代として四万八三九〇円の支払を受けたことは当事者間に争いないから、これを右1、2の損害額から控除すると、残額は六九万五二九七円となる。

四よつて、原告の本件請求は、右三の3の一〇万円と三の4の残額六九万五二九七円の合計七九万五二九七円とうち弁護士費用分一〇万円に対する昭和五七年六月六日から、その余の分六九万五二九七円に対する同年二月一九日から各支払済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当と認めて認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(小林亘)

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